高野山学びの杜

高野山学びの杜

 

住所 和歌山県伊都郡高野町大字高野山26-2,26-5

敷地面積 22.980㎡

延床面積 8.645 ㎡

構造規模 高野山こども園 木造地上1階建

高野山小中学校  RC造地上3階建

高野町中央公民館 RC造地上1階建

高野町学校給食センター S造地上1階建

設計・監理 株式会社安井建築設計事務所

施工 松井建設株式会社

 

素晴らしい公共施設が高野山に誕生しました。“高野山学びの杜”はこども園、小学校、中学校、公民館、給食センターが一体となった公共施設です。正に、コンパクトシティと言える施設です。公民館には図書機能もあり、地域住民にとっては憩いの場となります。

 

元は町営のグランド・スケートリンク、小学校、中学校のあった穏やかな丘陵地が敷地になります。周囲は高野の山々に囲まれたのどかな場所です。中学校の建て替えが必要となったのを機に、住民・職員・教員・町会議員・町長らを交えたワークショップを繰り返し、“高野山らしさ”を念頭に、子供達が学校を卒業してもいつでも帰ってこられるような施設にした、寺子屋のような存在に、そんな思いから複合施設を前提とし、町民みんなで使えるような用途を織り込もうと計画されています。

丘陵地の高低差に沿うように伸びる切妻の建物の中には主に学びの空間となる小学校、中学校が入り、一番高い部分となる所にこども園が入ります。主に出入り口となる1階には“庵”と名付けられた和室や、町民が集えるサロンが目を惹きます。サロンには図書館機能が合わせられているので本の貸し借りや雑誌の閲覧が行えます。いずれのしつらえも高野山を意識し、木材を使った木の香り豊かな場所になっています。

 

特筆すべきは学校の機能を町民が使えるところです。プールや家庭科教室はそのまま町民も使用できることになり、この地域では貴重な温水プールとなるため授業で利用する以外にも町民が泳ぐことが出来ます、また、家庭科教室では地域の料理教室等も開催され、目の前の広場を使ったイベントの際も使い勝手のいい配置となっています。

この学びの空間でもう一つ注目したいが中学校の教育プログラムです。教科教室型を採用し、専科の先生の部屋に移動する授業の流れになっております。建築計画学では学ぶことのあるこの教科教室型を実際に拝見したのは初めてでとても興味深かったです。“拠”の漢字で名付けられた一般教室空間となる場所は各学年の自主性を尊重し、移動式家具等を積極的に採用し広さや使い勝手を生徒自ら考えるようにしているそうです。教員は小中同じ職員室を使っているそうで、廊下とはガラスのパーテーションで仕切られ開放感があります。また個別の相談に応じられるよう“話”と名付けられたマルチスペースが設けられています。少人数ならではの取り組みとも考えられますが小学校との教育プログラムの変化をもたらせるために大人は提案し、最後は子供達で決めたそうです。1学年10名前後の子供達に自主性を持って学んでもらう、その先駆けとしてのプログラムの実践であると思いました。時にはこども園の園児達が体育の授業に汗を流すお兄さん、お姉さんに声援を送ることがあるそうです。なんとも微笑ましいエピソードですが正に本建築だからこそ為し得る事であると思います。

 

また、建物の内部では魅力的なサイン計画も目を惹きます。“高野らしさ”を表現すべく、デザイナーにデザインしてもらった漢字一文字に思いを込めて、部屋名を表しているそうです。そのサインとなる板には寺院でよく見かける銅の装飾が施されています。みんなで使える場所に置かれている家具も注目すべき点の一つです。一般的には同じ椅子が並ぶことが多い公共施設ですがここでは一つ一つ違う椅子を配置し、その椅子の個性も楽しめるような計画になっています。このおかげで空間がとても豊に感じることができます。

そして、本建築では配置計画において高野山ならでは特色があります。体育館の舞台後方はガラス張りで視界が抜けています。また、緩やかに雁行した先にある子供園の遊戯室の先も窓になっており視界が通ります。これら、いずれも弘法大師の眠る奥の院への軸線を意識しているそうです。“おだいっさん”と総称され町民から慕われている弘法大師への思いが配置計画にも表れています。

 

この施設を案内して下さった担当の方がおっしゃった言葉に“0歳から墓場まで”という印象的な言葉がありました。正にこれからの行政の在り方を示唆するお言葉であったと思います。人工の大小はあれど公共施設の在り方はここ数年で大きく変わり、設計手法や設計者の選定方法も変わりつつあります。“高野山学びの杜”と名付けられた真新しい施設では都会の喧噪を離れ、ゆったりと学び、集い、ふれあえる、それが実現している豊かな建築であると感心させて頂きました。

【会報誌きのくにR7年9月号掲載】

情報・出版委員 東端 秀典

このページの上部へ