石垣記念館

石垣記念館

 

住所 和歌山県東牟婁郡太地町太地2902-79

敷地面積 2.123.56㎡

延床面積 349.63 ㎡

建築面積 361.30 ㎡

構造規模 RC造 平屋

設計・監理 (株)アトリエフルタ建築研究所

施工 株式会社 福井組

 

今回の公共建築は紀南地域です。太地町にある石垣記念館を特集します。

 

この建物は太地町出身である移民画家・石垣栄太朗の作品を展示する施設です。妻である石垣綾子氏によって設立され、平成3年に太地町へ寄贈されました。石垣栄太郞は1893年(明治26年)に太地町に生まれます。カナダで船大工として働いていた父に呼ばれて1909年(明治42年)に海を渡りその後、様々な仕事をしながらニューヨークを拠点に画家として活躍します。1935年にはWPA(公共事業促進局)の仕事としてハーレム裁判所の壁画制作にも主任として関わりますが戦後、アメリカを追われ1951年(昭和26年)帰国し画家として本格的な活動ができないままこの世を去ります。

 

建物はRC造の平屋です。竣工当時の配置図を見ると海を望む長方形の敷地に不思議な形の建物と視覚的に少しずつ広くなり建物を突き抜けるような仕掛けのあるアプローチ、斜めに配置された駐車場などポストモダニズムを彷彿させるようなしつらえを感じることが出来ます。月日の流れと共に環境は少し変わり、それに応じて施設も修繕を繰り返していますが竣工当時の様子をほぼそのまま残しています。両サイドのヴォリュームは白く、中央のホワイエ部分はガラス張りで透明性を保持し、海からの軸線が建物を抜けて中庭の石の彫刻まで伸びます。

常設展示場

敷地に入ると直線のアプローチを通ってエントランスに入ります。エントランス左手にあるホワイエと名付けられた中央部分は前後を外とガラスで隔てられており前述のアプローチからの視線がそのまま建物を抜けます。視線の先は中庭になっており石とコンクリートでできた屋外彫刻がありホワイエの空間をより広く感じさせてくれます。また、同様に竣工図を見るとこのホワイエの床材である舗石が外部アプローチと同じ素材で仕上げられていたことが分かります。恐らく海からの軸線をそのまま建物内に導入し、石の彫刻まで繋げている、もしくはホワイエからの海への軸線を強調しているのかと思われます。敷地の入口部分にはモニュメントが建てられ遠く異国の地にて活動した画家に思いを馳せるような働きがあるように感じました。建物は機能的に左右に明快に分けられています。正面左手は常設展示室とメモリアルライブラリーになっています。三角形の室内は天井も斜めになっておりパース効果もあり広く感じます。三角形の頂点となる先端部分はスリットの窓があり象徴的な光が差し込みます。常設展示室と反対側はレクチャールームと事務室等の機能的な部屋が配置されています。適度な巾と明るさを持ち合わせた廊下は事務室やトイレ等必要な諸室を繋ぎ、この石積巾木の効果と低く抑えられた天井高もありさながら太地の路地を歩いているようにも感じられました。

 

内装の仕上げも注目すべき点です。両サイドのヴォリュームの壁はいずれも左官で仕上げられ床との取合いには野積みのような石があり巾木の機能を果たしています。この左官仕上げや野積石という素材感から日本的な意匠を感じ取ることができます。これらに対して中央部のホワイエはRC打ち放し、ガラスの壁に外から続く舗石敷きです。この明確な仕上げの操作により諸室の機能と、外部と内部の繋がりを体感することができます。ホワイエから望む海の様子はとても情緒的でした。

 

目の前に広がる漁村風景と、展示される洋画やアメリカの雰囲気。昭和10年、太地町の人口は3000人でそのうち500人が移住をし漁業を中心に活躍しました。全国で6番目に移民が多いのが和歌山県でありその多くは南紀州の人達でした。石垣栄太郞のように、アメリカ・カナダへ移民した人の多くは南紀州の人達です。現在も太地アメリカ移民会との交流は続き、2世、3世ともこの紀伊半島の太地に思いを馳せていると思われます。太地町の長い歴史を考える上で移民を経て、異国の地で業績を積み上げた先人達への思いを忘れてはなりません。

そのような観点からこの石垣記念館は文字通り石垣栄太郞の業績を称えるものではありますが、移民の歴史を伝える貴重な施設としても機能すると思います。この記念館の計画には日本と外国、漁業と画家のような2面性をコンセプトとした建築計画とデザインがあるのではないか、と私は感じました。正面左手、三角形の展示室はアメリカ、必用諸室を配置した右手は日本、その間をつなぐ透明のホワイエは正に太平洋で敷地を縦断する軸線は太陽。見学を通して、そんなことを考えました。

 

目の前に広がる広大な太平洋を前に小さなヴォリュームの記念館。紀伊半島の南端、漁業とは違う業績を感じることのできる素晴らしい建築です。

会報誌きのくにR7年10月号掲載】

情報・出版委員長 東端秀典

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