中銀カプセルタワービル「カプセルA908」

元所在地:東京都中央区銀座、

現所在地:和歌山市吹上 和歌山県立近代美術館内

【建築概要】

規模:敷地面積441.89㎡ 建築面積429.51㎡ 延床面積3091.23㎡

構造:地下1階 地上11階および13階 カプセル数140室

鉄骨鉄筋コンクリート造 一部鉄骨造

建築設計:黒川紀章建築都市設計事務所

構造設計:松井源吾+ORS事務所

施工:大成建設、カプセル制作:大丸装工部

 

 

 

昨年解体された中銀カプセルタワービル(1972年竣工)の一室が、今年8月に和歌山県立近代美術館に寄託され、外観の展示が始まった。サンフランシスコ近代美術館がカプセルの取得を発表しているが、実際に使用されたカプセルの展示は国内美術館では初、黒川紀章設計の美術館としては唯一の場となっている。

 

「カプセルA908」は2棟あるうちのA棟9階のカプセル。4パターンあるカプセルのうち、側面に窓のついたタイプで2.7mx4.2m、約10㎡のスペースに最小限の機能が組み込まれている。「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」が黒川事務所監修のもと保存再生を実施し140個のうち23個が保存され、うち14個をオリジナルに近い形に復元、残り9個はスケルトンタイプとして再利用が検討されているそうだ。

 

カプセル内部は多数の部屋のパーツを部品化し組合せ、新品同様に復元されている。空間は意外に広く、ベッドヘッドには当時最新のソニーのオープンリールデッキ、テレビ、電話、壁面収納型テーブルには計算機(当時)。特徴的な丸窓には円心を軸に開閉するプリーツカーテン。バスルームは現在のユニットバスの原型となった。キッチンはないが都心で働くビジネスマンの書斎、セカンドハウスとして利用されていたからで、ビルにはコンシェルジュがおり、カプセルレディという秘書サービスも存在していたそうだ。重量約3.6tのカプセルは4本のHTBのみでコアシャフトに取付けられていて交換できる仕組みとなっている。

 

この建築は60年代から始まる建築運動「メタボリズム」の最若手建築家として活躍した黒川氏の代表作のひとつで、カプセルはその概念をイメージさせる。世界ではアーキグラムが類似する思想を持っていた。諸装置がビルトインされた移動可能な空間単位「カプセル」により、常に新陳代謝を繰り返して構成されるメタポリスという未来都市構想。建築が将来へ向けて形態を変えることができるセルフエイドシステム。当時20代の黒川氏はソ連でプレハブを学んだそうだ。建築の工業化、部品化、空間そのものを商品化するという意味で時代を先取りした発想であった。だが黒川氏が語るメタボリズムの思想は、機械時代への異議申し立てから始まっていることに注目したい。時代は工業化社会から情報化社会へと、目に見えない技術を中心とする社会の始まりの中で生まれている。

機械の時代から生命の時代へ。「代謝」「変身」「共生」といった生物学や生態系の概念を用いて展開されたメタボリズムの思想は、東洋の思想、仏教哲学に通じ、日本の建築や芸術における両義的で曖昧なもの、仮設性、感性や精神性の美意識を重視したものだった。物質に価値を置く社会から関係を重視する社会へ。ユークリッド幾何学からフラクタル幾何学へ。西欧覇権的な文化の一元化や二元論・二項対立を超克し、異質な文化が共生する社会へのパラダイムシフト。建築家としてだけではなく、思想家でもあった黒川氏は、これからの社会へ多くのメッセージを残している。今回カプセルに入って思わず心がゆるんだのだが、それは無機質ではなく味わいのある空間だったからで、時代のハイテク技術と人間との「共生」のヒントがここにあるのかもしれないと感じた。

カプセル内部の公開展示は、方法も含めてこれから検討されるそうだが、寄託ではなく収蔵に向けた検討も行われている。それにはカプセル修繕費等の一部負担が必要で、美術館は今後広く支援を呼び掛けていきたいとのことだ。和歌山県建築士会を含む建築三団体まちづくり協議会も美術館への協力を表明している。

 

和歌山県立近代美術館・博物館(1994年竣工)は和歌山城に対峙して、歴史や自然との「共生」を図った黒川氏の代表作である。その美術館とカプセルとの出会いには運命的なものを感じる。「メタボリズム」から60年、「共生」から30年の時を経て、双方の魅力引き立つ展示が永く行われることを願う。改めて美術館や博物館の空間を設計者の思想に触れて鑑賞する良い機会になりそうだ。

【会報誌きのくにR5年11月号掲載】

情報・出版委員 笠木和子

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