旧栖原家住宅 フジイチ
旧栖原家住宅 -フジイチ―
■構造・規模:木造2階建て
■延床面積:290㎡
■改修工事
設計:株式会社IAOプランニング&デザイン
監理:一般社団法人和歌山県建築士会
■施工:株式会社平林組
■開館時間:午前9時半~午後4時半
■休館日:水曜日(祝日の場合は翌平日)
今回は湯浅町の重要伝統的建造物群保存地区内にある、『旧栖原家住宅』を紹介します。旧栖原家住宅は明治7年(1874年)湯浅でも屈指の醤油醸造家、山形屋久保瀬七が湯浅の地に開業した『フジイチ印醤油醸造』に始まり、その後明治39年(1906年)に栖原家が譲り受けました。廃業後は老朽化に伴い仕込み蔵等が取り壊されましたが、湯浅町が敷地を買い取り、建物の寄贈を受けた後、残っている主屋や土蔵2棟等の改修を開始しました。令和4年8月に改修工事を完了し11月に『旧栖原家住宅(フジイチ)』としてオープンしました。
伝統的な建物が立ち並ぶ町並みを歩いていくと、板塀の向こう側から生える大きくて立派な樹木が見えてきます。その板塀と連続した形で美しい漆喰の白さをまとった『フジイチ』が見えてきます。1階の大きな引き戸や木製の格子、2階の虫籠窓など、かつての湯浅の町屋の特徴を今に残す建物は、この現代においても違和感なく周囲の町並みに溶け込んでいます。こうした違和感のない風景が保全されているのも、地域にお住いの方々や、湯浅町による歴史的町並みの保存活動の努力の成果だと感じました。建物のスケールは、日本家屋の程よいスケール感で、どこから見ても美しく見えると共に、言葉に表現できない心の安らぎを与えてくれます。
主屋の入り口を入るとツメバ(詰場)と呼ばれるたたきの土間空間に入ります。かつては醤油を樽や瓶に詰めて、この部屋から出荷していました。室内には大きな木製の醤油樽が置かれています。そこから奥に進むと住居部分に入っていきます。トオリニワと呼ばれる土間空間に入ると、屋外で感じていた程よいスケール感から一転、住居部分とは思えない広大な吹き抜け空間となります。トオリニワに面した畳の間のダイドコロも同じく、天井の無い吹き抜け空間となっています。さらに奥に進むと、当時の金庫が残されていているナカノマ、床の間のあるザシキへと続いていきます。店舗部分であるツメバからプライベートな住居部分であるザシキまで、それぞれの使い方に応じた空間のボリュームがグラデーションのようにつながっていきます。それぞれの部屋は外部や庭に面していて、そこから障子を通して入ってくる柔らかな光が落ち着いた空間をつくりだしています。
主屋の隣には文庫蔵、容器庫、穀庫があります。文庫蔵の屋根は瓦屋根が2重になっていています。湯浅地区に類似した形態は無く、どのような経緯で屋根が2重となったのかは不明とのことです。室内には当時の貴重な資料が保管・展示されています。
今回の取材を通して感じたのは『フジイチ』は単なる資料館や博物館では無く、今でも町並みの中でしっかり生き続けている建物だと感じました。訪れた人々が、湯浅の醤油醸造の歴史を学ぶだけでなく、現在も生き続けているこの建物や湯浅の町並みを「大切に守っていくべき風景」と強く感じてくれると思いました。
【会報誌きのくにR5年3月号掲載】
情報・出版委員 佐原光治