旧西本組本社ビル

旧西本組本社ビル

現在このビルは、南海和歌山市駅から徒歩十分ぐらいの建て込んだ地域の中で半ば埋没しているが、第二次世界大戦時の空襲に焼け残り、焼け野原となった和歌山市内で丸正百貨店とともに青空に屹立してP1000897いたという。

西本ビルは、歴史ある城下町であり戦前(昭和10年)には人口で全国19番目の都市でありながら、戦災とその後の経済成長によって歴史的建築物がほとんど残っていない和歌山市にあって、数少ない近代建築である。その中で幸いにしてこのビルは思い入れのある所有者により解体を免れ、平成12年には国の登録有形文化財となっている。

建築的には、当時の事務所建築として一般的であったネオ・ルネサンス様式を採用している。鉄筋コンクリート造三階建てであるが、現代の建物と比較すると階高が高く作られているので、天井が高く気持ちP1000904の良い内部空間である。正面は威厳のある玄関で、上部には大きなペディメント(破風)が載っていて、それをイオニア式オーダー(柱)が支えている。この石柱は継ぎ目がない一本の石材である。非常に豪華なものである。外部は一階が西洋建築における基壇として御影石張りとし、二階から上は薄茶色のタイル張りで、当時のモダンな雰囲気が今も漂う。窓は縦長の上げ下げ窓で、当時の木製サッシもほぼ現存している。また、ビルの側面には煉瓦造の高い塀も一部現存している。このように周囲に存在感を示しながら今も建っている「旧西本組本社ビル」は近代の典型的なオフィスビルとして貴重な建物であるとともに、戦前全国有数の都市であった和歌山市の面影を伝える貴重な建物でもある。

P1000903施主の西本組は慶應年間創業で徳川家にも出入りしていた名門であり、戦前には三井財閥とも関係を結び、紀勢線をはじめ、満州など多くの鉄道建設を手がけるなどわが国でも屈指の大手土木建設業者(従業員は700人余りという当時日本で第9位)であったという。このビルは昭和2年に、当時の当主である西本健次郎氏によって、本社ビルとして建てられた。その後このビルは平成に入って、戦前に西本組から分離する形で発足していた三井建設が所有することとなったが、西本家の現当主・瑛一郎氏が保存を目的に買い戻し現在に至っている。今はテナントとして一階には焼き物の店、二階にはカフェが入り、三階はギャラリーとして活用されているので、気軽に内部をのぞくことができる。

 設計者は西本家の縁戚であった岩井信一、当時早稲田大学を卒業したばかりの建築家で、このビルはその卒業作品として設計されたものとも言われている。

P1000914 取材して感じたことは、現在このビルは決して使い易いものではなく、また良く維持管理されているともいえないものであるが、非常に魅力的な建築であることは間違いないことである。このビルが様々な条件の中、奇跡的に生き残ってきたのは、このビルの持つ運の強さだけではなく、このビルが魅力ある建築であることにあるのではないだろうか。我々建築に携わる者として、このように古くなっても残したいと思われるような魅力ある建築を創っていきたいものである。

【会報誌きのくにH22年11月号掲載】

            情報・出版委員 中西達彦

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