和歌山県ヘリテージ年報 2013
和歌山県文化遺産活用活性化委員会
和歌山県ヘリテージマネージャー育成事業実行委員会
目次
川端 真理 和歌山県文化遺産活用活性化委員会長
(和歌山県教育庁生涯学習局文化遺産課長)
池内 茂雄 和歌山県ヘリテージマネージャー育成事業実行委員会委員長
(一般社団法人和歌山県建築士会会長)
4・修復概論-文化財保護の歴史と考え方 熊本 達哉(文化庁)
5・文化財保護法と補助制度 川戸 章寛(和歌山県教育庁)
6・歴史的文化遺産の転用・活用のマネージメント 溝口 正人(名古屋市立大学)
7・建築基準法の歴史・現行基準法と歴史的建造物 前山 勝彦(和歌山県県土整備部)
8・東日本大震災における文化財の被害と復旧活動 大野 敏(横浜国立大学)
9・ヘリテージマネージャーの活動 後藤 治(工学院大学)
10・伝統的建造物の構法と技法 多井 忠嗣(和歌山県文化財センター)
11・和歌山県の民家 千森 督子(和歌山信愛女子短期大学)
12.建築と環境、田園集落 平田 隆行(和歌山大学)
13.まちなみ保存論 神吉 紀世子(京都大学)・前田 和昭(湯浅町産業観光課)
15・和歌山の寺社建築とその見方 鳴海 祥博(元和歌山県文化財センター)
16・文化財と防災におけるヘリテージマネージャーの役割
塩見 寛(静岡県ヘリテージセンターSHEC)
17・世界文化遺産と文化的景観、民族文化財
仲 克幸、佐々木 宏治、蘇理 剛志(和歌山県教育庁)
18・文化財建造物の修復 多井 忠嗣(和歌山県文化財センター)
19・伝統的建造物の耐震補強 樫原 健一(株式会社SERB)
20・和歌山県の近代建築、近代化遺産 田中 修司(和歌山県教育庁)
21・登録文化財の登録手続きと調査 御船 達雄(和歌山県教育庁)
22・兵庫県ヘリテージマネージャー~立ち上げから現在まで~
沢田 伸(ひょうごヘリテージ機構代表世話人)
1・刊行にあたって
川端 真理
和歌山県文化遺産活用活性化委員会長(和歌山県教育庁生涯学習局文化遺産課長)
和歌山県で初めての開催となりましたヘリテージマネージャー養成講習会を、多くの熱意ある建築士の方々が受講され、実りある講習成果とともに無事修了されましたこと、心よりお慶び申し上げます。
近年、文化財の対象が、大きく拡がりつつありますが、一方で価値を知られないまま失われていく歴史的建造物が数多くあります。歴史的建造物に光をあて、歴史を活かした町づくりにつなげていくために、多くの専門家の力が求められてきています。
和歌山県といたしましても、このような状況のもと、専門家の養成が急務であると考え、和歌山県文化遺産活用活性化委員会を作り、和歌山県建築士会の皆様方とともに、文化庁の補助事業として、本講習会を実施いたしました。この報告書は1年間の講習成果をまとめ、記録として残すため刊行するものです。
今期講習会を修了されたヘリテージマネージャーの皆様には、歴史的建造物の保存と活用のため、積極的に活躍されていくことが期待されています。県実行委員会といたしましても、新たな文化財の保護に、修了生の皆様方のご協力を頂きながら、今後も活動を発展充実していきたく考えております。
最後になりましたが、ご多忙の中にも関わらず、講義にお越し下さりました講師の先生方には、心よりお礼申し上げます。また講習会を修了された皆様方が、歴史的建造物をまもる専門家として広く活躍されることを祈念申し上げ、刊行のご挨拶といたします。
2・第1期ヘリテージマネージャー養成講習会開催にあたり
池内 茂雄
和歌山県ヘリテージマネージャー育成事業実行委員会委員長(一般社団法人和歌山県建築士会会長)
第1期ヘリテージマネージャー養成講習会が和歌山県で成功裡に終了となった事を嬉しく思っております。
当初は、受講者が集まるのか、また、受講生が講習会を修了するために半年以上もの長い期間の受講が必要で、最後まで受講する方は少なくなるのではないかと危惧しておりました。
しかしながら、募集にあたっては予想以上の人数が申込みされ、また、受講にあっては、ほとんどの受講生が最後まで受講された結果となり、感動すら覚えております。
近年は、作っては壊すスクラップアンドビルドの社会からストックを活用した良い建物は長期に使用しようとする循環型の社会が求められ、ヘリテージマネージャー制度もそうした社会の要求に対して、全国的に広がってきた制度です。
今回の受講者は若手から年配まで幅広い年齢層が参加され、それぞれの世代が交流しながら、熱心に勉強をしていく姿は、建築士会の目指すべき姿の一つだと感じました。
建築士会としては来年度も第2期ヘリテージマネージャー養成講習会を開催していきます。
また、講習会を修了し、ヘリテージマネージャーとなられた方々も、この制度を活用し、それぞれの地域で歴史的建造物の保全・活用を推進する専門員として、社会貢献される事を願っております。建築士会もヘリテージマネージャーの今後の活動を支援してまいります。
最後に、講習会開催にあたり、協力して頂いた講師の皆様、関係諸団体の皆様に感謝を申し上げ、結びのご挨拶とさせて頂きます。
3・事業の概要
事業の名称 :和歌山県ヘリテージマネージャー養成講習会実
実施主体 :和歌山県文化遺産活用活性化委員会
和歌山県ヘリテージマネージャー育成事業実行委員会
一社団法人和歌山県建築士会
後援 :和歌山県教育委員会
実 施 期 間 :平成25年6月1日-平成26年3月31日
講習修了者数:35名
実施までの経過
兵庫県を皮切りに、各県で実施されているヘリテージマネージャー育成事業は、和歌山県では未実施であった。和歌山県内においても、価値を知られずに失われていく歴史的建造物は年々増加してきており、これらの価値を発掘し、町づくりに活かしていくことの出来る人材が永らく求められてきた。
そこで一般社団法人和歌山県建築士会の有志と、和歌山県教育庁文化遺産課の有志とで、ヘリテージマネージャー育成事業の実施に向けて準備を進め、平成24年策定の建築士会連合会の指針「歴史的建造物の保全活用に係る専門家(ヘリテージマネージャー)育成・活用のためのガイドライン」も踏まえつつ、カリキュラム編成を行い、実施要項を作成した。
実施にあたっては、建築士会が、和歌山県ヘリテージマネージャー育成事業実行委員会を結成し、一般社団法人和歌山県建築士会事務局(事務局長寒川洋二)が、運営事務を担当することとした。
和歌山県文化遺産活用活性化委員会(事務局:和歌山県教育庁生涯学習局文化遺産課内)は、和歌山県ヘリテージマネージャー育成事業とともに県内の他事業と併せ、文化庁の平成25年度文化遺産を活かした地域活性化事業に、補助事業としての採択を要望したところ、平成25年5月24日付け25庁財第90号により採用通知があった。これにより補助金交付申請書を提出し、平成25年5月31日付け25庁財第235号により、補助金交付決定となった。
実施の組織
和歌山県文化遺産活用活性化委員会
会長 川端 真理(県教委文化遺産課長)
和歌山県ヘリテージマネージャー育成事業実行委員会
委員長 池内 茂雄(和歌山県建築士会会長)
副委員長 中西 重裕(和歌山県建築士会副会長)
副委員長 鈴木 史郎(和歌山県建築士会理事)
運営委員 田邊 邦規(和歌山県建築士会理事)
運営委員 中西 達彦(和歌山県建築士会理事)
運営委員 明石 和也(和歌山県建築士会理事)
運営委員 松本 有弘(和歌山県建築士会理事)
募集
受講資格者は、一級建築士、二級建築士、木造建築士とし、30名程度を募集した。募集は、和歌山県建築士会HPに掲載したほか、会報誌『きのくに』に掲載して募集した。募集期間は平成25年7月1日~7月19日で、FaxかE-Mailによる申込み受付順で、定員になり次第、締切ることとしたが、57名もの応募があったことから、急遽受講者数を40人まで拡大して実施することとした。
講習の実施
講習は平成25年8月3日より平成26年3月8日まで、各土曜日で10回を実施した。実施カリキュラムは表(平成25年度ヘリテージマネージャー養成講習会 日程表[PDF])の通りである。講義39時間、演習21時間(うち5時間は自主演習)、延べ60時間よりなり、修了には全講義・演習の受講を必須条件とした。ただし講義については、二日分に限って、ビデオによる補講を認めた。
8月3日に開講式を行い、講習会を開始した。開講式にあたっては、文化庁主任文化財調査官熊本達哉氏と、和歌山県教育庁文化遺産課長川端真理氏に来賓としてご臨席頂いた。
講義は和歌山県建築士会館3階ホールで実施し、演習は湯浅町と海南市、及び各自の自主演習地において実施した。講師の先生方には各講義とも適切な講義を頂いた。
平成26年3月8日、最後の演習のあと、閉講となり、修了生に修了証の授与を行った。授与はヘリテージマネージャー育成事業実行委員会委員長が行った。修了生は35人である。
事業の完了と今後
予定通り10回分の講習を完了し、修了証を授与した後、本報告書を印刷、刊行し、今年度の第1期講習会の事業を完了した。平成26年度も今年度に準じた形で、講習会を実施する予定である。今年度の実施の成果を踏まえ、より充実した講習としていきたい。
また修了生名簿を希望により建築士会HPに掲載する予定であり、今後は修了生間の交流、情報交換等の受け皿となる、協議会の設置も検討している。
4・修復概論-文化財保護の歴史と考え方
熊本 達哉 (文化庁)
講師は文化庁文化財部参事官(建造物担当)修理企画部門主任文化財調査官として、国宝、重要文化財に指定された建造物の保存修理の指導にあたっている。国がこれまで進めてきた、文化財保護の歴史と修理の基本的な考え方が講義で示された。
講義は大きく5つの柱に分けられ、文化財保護の歴史、指定制度と伝建制度・登録制度、文化財建造物の修理、文化財建造物の管理、文化財建造物の活用について行われた。配布資料は、文化庁の国宝・重文保護と、登録文化財制度、伝建地区制度のパンフレット3点であった。
明治30年に端を発した文化財建造物の保護は、国宝保存法、文化財保護法と法律が改正される度に、社寺から住宅、民家、近代建築へ、そして価値付けも優品主義から、地域色や技術、そして伝統的な町並みに注目するようになるなど、対象が拡大してきた経緯があった。平成8年に始まった登録制度は、すでに件数が指定を上回っており、ヘリテージマネージャーに期待される役割も大きくなってきているとされた。
5.文化財保護法と補助制度
川戸 章寛 (和歌山県教育庁)
講師は長年和歌山県教育庁文化遺産課で、文化財建造物保護行政を担当されてきた。講義では文化財保護法のうち建造物・伝統的建造物群に関する事項が概説された。また和歌山県文化財保護条例など、県内の保護制度の歴史についても説明があった。
登録有形文化財(建造物)については、登録までの流れを説明するとともに、登録後の管理、修理、現状変更、補助等優遇措置について、重要文化財(建造物)と比較して説明があった。
また、建造物・伝統的建造物群を対象とした各種補助事業の概要(事業主体、補助対象、補助率、補助事業の流れ等) が説明された。
最後に、和歌山県内の主な国・県指定文化財(建造物)、登録有形文化財(建造物)、歴史的な町並み・集落や、保存修理・防災施設事業について、写真を用いて紹介があった。
6・歴史的文化遺産の転用・活用のマネージメント
溝口 正人 (名古屋市立大学)
講師は名古屋市立大学大学院教授で、建築史学が専門である。中京地域を中心に、文化財の調査や保存に、大変活躍されている。
スクラップビルドは良い事ばかりでなく、功罪がある。歴史的文化遺産はまちづくりの重要な核となるものであり、スクラップビルドをやめる、あるいは留保する選択も検討すべきとした。人口減少社会の中で、ワルシャワの戦災復興を例に、変えない、使い続けることが、シンプルに言って「得」なことであるとした。
そのためには、多様な歴史的文化遺産の評価をどうするかが大切であると、述べられた。事例から学ぶ価値付けの実際として、いくつか例が示され、学術的な評価が定まってないプレファブ建築や、大胆な後世の改造などをどう捉えるか、という考え方が示され、大変勉強になった。「残してなんぼ」であり、失われたらそれまでである。よって、時には活用のために大胆かつ現実的な対応も必要であるとした。配水塔が図書館を経て演劇練習館になっている事例などが紹介され、使えなければ捨てられる、そのため価値の可視化と時には大胆な用途変更、意匠変更も容認すべきとのことであった。保存の前線に立ち続けている溝口講師の語り口と、様々な事例紹介が印象に残る熱血講義であった。
7・建築基準法の歴史・現行基準法と歴史的建造物
前山 勝彦 (和歌山県県土整備部)
講師は県土整備部建築住宅課の主任として長年建築行政に取り組んでこられた。講義では、基準法の歴史や既存建造物を活用する場合の建築基準法の基本的理念について説明があり、現行基準法と歴史的建造物で既存建築物活用の四つのキーワードが示された。①状態規制と行為規制 ②既存不適格 ③用途変更 ④適用除外等について基準法と施行令から説明された。また既存不適格建築物に係る規制の合理化では、既存のストックを安全で活用しやすくするための方向が示された。
事例紹介では高野山中門の再建に係る建築基準法適用除外の認定、湯浅町伝統的建造物群保存地区の緩和、景観重要建造物の緩和などの説明があった。
京都市歴史的建造物の保存及び活用に関する条例は、現行の対象とする木造以外の鉄筋コンクリート造やレンガ造等の建築物まで広げるというもので、参考になるものであった。
8・東日本大震災における文化財の被害と復旧活動
大野 敏 (横浜国立大学)
大野講師は、横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院准教授で、建築史の研究者であるとともに、歴史的建造物の実践的な保存や修理でも大変活躍されている。
講義では東日本大震災の概要と、日本建築学会の対応状況、関東エリアの被害状況調査の内容について説明があった。東日本大震災の地震動の特徴として、卓越振動数が1khz以上で、地震に弱いとされる木造伝統工法の被害は少なく、むしろ固い建築であるRC造、レンガ造、土蔵などに被害が出たという。主として茨城県下の、実際の被害の実例と、被害状況調査書の例が示された。津波に襲われても倒壊しなかった重文山本家住宅や、大壁造の商家の被害などが紹介され、修理にあたっては仕様変更の代替措置(土蔵鉢巻き復旧の木摺り下地化など)もありうるとしながらも、可逆性と記録作成、そして対応の速さが大切であるとされた。
和歌山県では東南海地震の被害が将来想定される懸念事項であり、災害におけるヘリテージマネージャーの活動について、大変参考となる講義であった。
9・ヘリテージマネージャーの活動
後藤 治 (工学院大学)
講師は工学院大学建築学部建築デザイン学科教授で、大学に移られる前は、文化庁において登録文化財制度の創設に深く関わってきた。(公社)日本建築士会連合会で2012年10月に設立された、全国ヘリテージマネージャーネットワーク協議会運営委員会の委員長も務められている。
講義では、ヘリテージマネージャー制度の全国的な展開の状況と、その意義について説明があり、HM 育成ガイドラインの紹介があった。専門家によるネットワーク構築の必要性が説かれ、情報交換の場の創出、数の力の重要性、公平性客観性の確保といった点が説明された。
また登録文化財とヘリテージマネージャーの関わりについて、多数のヘリテージマネージャーが登録手続きに関わることで、「参加型の文化財保護」に繋がるとした。登録手続きには、価値を公証することが必須であり、価値の発見と共有化が、文化財の数量の増加になるとされ、登録文化財を町づくりに活かした事例について、高知県奈半利町や、茨城県真壁町などの紹介があった。後半はヘリテージマネージャーに求められる職能について講義があり、建築の保存と安全性の確保について、問題点の整理と今後の課題が示された。
10・伝統的建造物の構法と技法
多井 忠嗣 (和歌山県文化財センター)
公益財団法人和歌山県文化財センターは、和歌山県内で唯一、国宝重要文化財建造物の保存修理の設計監理を受託している組織である。講師は文化財建造物課の技術職員として、長年和歌山県内の文化財保存修理に取り組まれている。
講義では、まず日本建築史の概要について、古代以前から、古代の神社、寺院の成立、中世の新様式の渡来、近世での展開、近代での変容について、主として和歌山県の遺構をもとに解説された。全国的な建築史の流れの中で、和歌山にいかに重要な文化財が残されているか、改めて思い知ることとなった。
後半は、構法技法について、基礎、軸部、組物、軒、小屋、妻飾、屋根、架構、造作等について、多くの事例を元に解説があった。普段目にすることの少ない、寺社などの伝統的な構法技法を知ることが出来た、充実した講義であった。
11・和歌山県の民家
千森 督子 (和歌山信愛女子短期大学)
講師は和歌山信愛女子短期大学 生活文化学科生活文化専攻 教授として長年和歌山県内の民家を調査されている。紀北の農家住宅、紀中の農家住宅、紀南の農家住宅と和歌山県の民家の特色が地域ごとに示された。
紀北の農家住宅では、農作業や作物の取り入れの場としての広い軒下空間をもったかつらぎ町の茅葺き民家や貴志家や奥家のような近代の上層農家のすがたなどが示された。紀中の農家住宅では、貴志川上流の農家住宅や谷村家住宅などの例から間取りの特色について紹介があった。紀南の農家住宅では、間取りの変遷が示された。
町家と町並みでは、和歌山市の嘉家作丁、海南市黒江、湯浅町、田辺市、美浜町三尾の洋風建築の町並み等、紹介があった。紀伊半島の自然風土を考えると台風の常襲地域、年間降水量の多い地域で、風雨が横殴りに吹き付ける場所では軒天井や板囲いがあり、厳しい自然と向き合う民家の特色や工夫について学ぶことができた。
12・建築と環境、田園集落
平田 隆行 (和歌山大学)
講師は和歌山大学システム工学部環境システム学科 准教授として建築と環境、田園集落の研究を続けてこられた。最初にフィリピンルソン島北部の山岳少数民族を例に、稲をモデルにして棚田と米蔵を軸に、環境に調和する形で人々の暮らしが成立していることを示された。漁村については雑賀崎集落における自然の恵みを平等に受ける形から、生活と生業が一体化した住環境であることを感じた。
外観から見た紀伊半島民家の地域性として、デンゲタウケ、アマガコイ、オダレ、アマハジキが示された。
紀伊半島を外観から調査した5,207棟のデータから暴風雨策や軒先の構造、屋根など地域性が感じられ、興味深い内容であった。和歌山県に特化した、建築物の歴史から地域の特性などについて講義から、建築に携わるものとして地域の歴史や環境を理解し、ものづくりをすることの重要性を学ぶことができた。
13・まちなみ保存論
神吉紀世子 (京都大学)
前田 和昭 (湯浅町産業観光課)
神吉紀世子講師は京都大学大学院教授で都市計画、農村計画の専門家である。町並みや農村の自然環境と生活文化が、持続的に展開していくことができる、空間再編のあり方を研究され、和歌山大学システム工学部で在職中、湯浅の町並みが、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されるさい、調査や保存計画策定の指導にあたった。ヘリテージマネージャー制度と建築士の役割や伝建地区以外の伝統的な建物の重要性についても話があった。
前田和昭講師は湯浅町産業観光課の伝建推進室長で、湯浅の伝統的建造物群保存地区の保存整備に、長年取り組んでいる。湯浅町の特色や伝建地区の保存制度について説明があり、町並み保存の技術的な面はもちろんとして、住民の方々との合意形成のはかりかたや、未来に引き継ぐべき湯浅の産業や生活文化についても講義があった。
両講師の講義のあと、演習課題の対象になっている栖原家住宅、北町地区の酒井家住宅、津浦家住宅を見学しグループワークに入った。1グループ5人で8班に分かれそれぞれの栖原家の活用案について、昼食をはさみながら熱心なディスカッションが続いた。途中で再度栖原家住宅の現地でデジタルデータを撮ったり、実測したり、また主屋や蔵など敷地の状況も確認し提案の内容を議論した。最後にグループ毎のプレゼンテーションを行い、外国人向けの宿泊型体験施設や醤油の醸造業をされていた歴史を活かした提案や、宿泊出来るカフェレストラン、部屋ごとにスペースを貸し出す提案、飲食や宿泊など湯浅の街にとって必要とされる具体的な提案がなされ意見交換を行った。
14・演習1 湯浅町栖原家の活用提案
当屋敷は栖原家の本宅であり、約660坪の敷地に主屋と土蔵及び土塀の一部が残っている。主屋は寛政9年(1797)の建築である。敷地の南西部の南側に建ち桁行5間・梁間5間半の木造で西側には座敷を背面側には炊事場を突出させた建物である。演習内容は2グループ(8班)にわかれ栖原家を調査して各班の考察をまとめ発表する。
グループA……復元的修理を基調とする場合(重伝建保存物件と考える) グループB……真実性を失わずに大幅改造する場合(非保存物件と考える)
各班成果発表
感想・総評
前田 和昭 (湯浅町産業観光課 伝建推進室長)
和歌山県では初めての『ヘリテージマネージャー養成講習会』の演習ということで神吉先生と相談し、講義をできるだけ短くしてグループワークでの現地調査やディスカッションに多くの時間を配分しました。学生たちのサポートもあり、受講者がみな予想以上に熱心に取り組んでくれて嬉しく思っています。
演習課題の場として大勢の受講生を受け入れ、見学・調査することを快く引き受けていただいた栖原家の皆様には、心よりお礼を申し上げます。
これからは講習を共に受けられた皆さんがお互いに交流し、引き続き勉強や意見交換ができるようなネットワークづくりを和歌山県建築士会が中心となりフォローしていただきたいと思います。
講習会を修了された方々がヘリテージマネージャーとしてご活躍され、和歌山県の文化遺産の保存と活用が大いに前進することを期待しております。
15・和歌山の寺社建築とその見方
鳴海 祥博 (元和歌山県文化財センター)
講師は和歌山県文化財センターを定年退職するまで、文化財修理技術者として、長年和歌山県内の国宝・重要文化財の保存修理にあたられてきた。
講義の冒頭にヘリテージマネージャーの養成が始まったことは意義深い、在来工法と伝統工法は異なるものであり、建築士も「伝統工法」を良く理解して、保存に取り組んで欲しいとのコメントがあった。
「社寺建築」とは近代になって生まれた言葉なので、講義では本来の歴史的用語である「寺社」を用いるとし、年代の古い順から、和歌山の寺社について紹介があった。県内に残っていなくても、湯浅町から京都へ移築された醍醐寺金堂があることも講義された。また根来の大工が大名に重用され、幕府御大工となり、和歌山発の技術が近世初頭の寺社建築の規範となったとされた。
後半は和歌山の寺社建築の蟇股などの彫刻について、講義があった。近世初期に建築彫刻が盛んになり、寺社に彫刻が取り付くが、単に建物を飾るためだけのものでなく、彫刻の背景には意味があり、それを読み解くのが大切とのことであった。多くは中国故事が題材だが、魚や野菜を描いたものもあり、これらは普請に関わった村人の願いが込められていると解説された。
16・文化財と防災におけるヘリテージマネージャーの役割
塩見 寛 (静岡県ヘリテージセンターSHEC)
講師は静岡県建築士会が設立した、地域の歴史的建造物を後世に残すための専門機関「静岡県ヘリテージセンター」のセンター長である。静岡県庁在職時より、長年、歴史を活かした町作りに取り組まれ、静岡県内で広く活動を続けている。
文化財として、指定文化財や登録文化財は明確であるが、歴史的建造物の取り巻く環境として、空家や老朽化によって取り壊され滅失していく現実や、所有者も老朽化や後継者の悩みがある。
静岡県ではヘリテージマネージャーとしての地域文化財専門家とその研修の修了生を対象とした文化財建造物監理士の制度を設けている。指定文化財・登録文化財を含み歴史的建造物を対象として活動する。特色は静岡県を西部・中部・東部に分けて、平常時に住民と地域文化財専門家、職人と行政が関わり、非常時に応急危険度判定や文化財ドクターとして関わっていく計画である。非常時に対応するために、平常時からいい関係をつくることの必要性が示された。
今後の和歌山県で大規模災害時の対応に向けて体制づくりの中で、ヘリテージマネージャーの役割が理解出来た。
17・世界文化遺産と文化的景観、民俗文化財
仲 克幸、佐々木宏治、蘇理 剛志 (和歌山県教育庁)
仲講師は和歌山県教育庁生涯学習局文化遺産課世界遺産班長で、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の保全と、追加登録を担当されている。講義では1972年のユネスコ総会で採択された世界遺産条約と、そこに至るまでの国際的な経緯について説明があった。また世界遺産リストに登録されるまでの流れや、
2004年に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」について、登録資産の紹介や、今後の課題について説明があった。
佐々木講師は文化遺産課調査班主査で、記念物の文化財や文化的景観の担当をされている。講義では 2005年の文化財保護法改正で生まれた文化的景観について、その意義や制度の概要について説明があった。また和歌山県で初めて今年、重要文化的景観に選定された「蘭島及び三田・清水の農山村景観」(有田郡有田川町)についても概要の説明があった。
蘇理講師は文化遺産課保存班副主査で、民俗文化財の保護を担当されている。民俗文化財の和歌山におけるテーマと、その保護の現状について説明があり、民俗文化財の登録について解説され、ヘリテージマネージャーの活動によって価値が見出される民俗文化財もあるとした。祭礼と町並みとの関わりや、山車と建築との技術的親近性についても講義があった。
本講義は、文化財としての建築を取り巻く多様な視点と、保護制度を知る上で有意義な講義であった。
18・文化財建造物の修復
多井 忠嗣 (和歌山県文化財センター)
本講義は10月12日に続き、多井講師に講義頂いた。
講義では、まず文化財保護制度の歴史が解説された。明治30年の古社寺保存法に始まり、昭和4年の国宝保存法、昭和25年の文化財保護法の施行にいたるまでの経緯が説明された。また文化財の保存修復に関する理念の形成と、国際的な基準形成について、大江新太郎の日光東照宮の修理や、ベニス憲章、オーセンティシティに関する奈良文書について説明があった。これらによって、文化財保護の骨格と理念が示された。
次に実際の文化財建造物の修復手順として、海南市下津町で講師が実際に修理を担当された重要文化財福勝寺本堂の記録を元に、基本設計、仮設計画、分解工事と調査、資料調査、復原考察、実施設計の内容、部材の修復、組立、といった各項目について、考え方や流れが紹介された。また今後の課題として、文化財の多様化による従来と異なる構法や、近代の工業製品の扱い、また来たる災害による文化財被害の対応をどう考えるか、といった事項が講義された。国宝重要文化財建造物がどのようにして修理、保存され、またどのような課題があるのかが示された、充実した講義であった。
19・伝統的建造物の耐震補強
樫原 健一 (株式会社SERB)
講師は大阪市の株式会社SERB(サーブ)の代表取締役であり、JSCA関西の幹事であり、木造住宅レビュー委員長をされている。
木造伝統工法の構造的特徴として石場建て、金物接合無し、面材・筋交い無し、水平面が剛床ではないなどの在来工法の違いが示され、特徴は弱点でもあり長所でもあることの説明があった。軸組と貫構造、ほぞと差し鴨居、はね木の効果、斗共など説明があり、伝統工法のねばり強さと実物大実験の結果の報告がなされた。
限界耐力計算の計算の流れや計算モデルと設計荷重、平屋モデルを用いた簡易計算手法、応答計算シートについても概要説明がされた。
補強方法として、根がらみや横架材増設、足固め、仕口タイプ粘弾性ダンパーなど紹介された。
20・和歌山県の近代建築、近代化遺産
田中 修司 (和歌山県教育庁)
講師は文化財行政に携わってきたとともに、近代建築研究の専門家でもある。
これまで「近代化遺産」「近代和風建築」については時折報道でも取り上げられてはいるが、比較的新しい文化財用語でもあり十分その意味が理解されておらず、混乱している部分があった。そのためまずこれらの定義の説明があり、語句が生まれた背景についても解説された。
さらにこれらの理解を深めるため「近代建築」「登録文化財」などとの関係について解説があり、また、「近代化遺産」と類似の語句で経済産業省が所管している「近代産業遺産」についても触れられた。
次いで、「近代化遺産」「近代建築」「近代和風建築」を合わせると概ね近代遺産建造物全体を網羅できることが示された。また、「近代化遺産」についてその大分類ごとの建造物について紹介された。
後半は、具体的な各遺構について画像を用いて解説された。このような場合、一般には各遺構を分類毎に分けて解説されることが多いが、今回は国や県の近代史、特に政治・経済史・災害史の中に遺構を位置づけて、年代を追って紹介された。これにより各遺構が建造された背景を、生き生きとより深く理解することができた。
21・登録文化財の登録手続きと調査
御船 達雄 (和歌山県教育庁)
講師は文化遺産課保存班主査で、文化財建造物の専門職員である。講義は6つの柱にわかれ、1つめが登録制度の概要、2つめが和歌山の登録文化財における課題、3つめが今後の展望とヘリテージマネージャーの役割、4つめが登録手続きの実際、5つめが調査の方法とまとめ方、6つめが何を登録文化財とするか、という内容であった。
和歌山県は登録文化財が順調に増えているものの、未だ多くの潜在的な登録候補物件があり、それを発掘して登録していくことが重要とされた。また登録手続きにさいして作成された所見例や写真が資料として配付され、所見の書き方や写真の撮り方が解説された。
最後に近年登録文化財になった、あるいは登録しようとしている物件の紹介があった。蚊取り線香発祥地である和歌山の線香工場や、北山村の民家と寺院について紹介があり、ありふれた存在である建築に、いかに価値を見出すか、その見方や考え方が示された。
22・兵庫県ヘリテージマネージャー~立ち上げから現在まで~
沢田 伸 (ひょうごヘリテージ機構代表世話人)
兵庫県では、阪神淡路大震災の教訓から、全国で初めて、ヘリテージマネージャーの制度が創設された。兵庫県ヘリテージマネージャーの養成と、その後の活動の展開に、大きな役割を果たされた。
震災によって、神戸旧居留地15番館は、崩壊したが重要文化財であったことから再建された。しかし第一勧業銀行など多くの名建築が、公費解体によって姿を消した。これらの反省のもと登録有形文化財の制度が生まれるが、登録文化財を発掘し、維持保全、活用への道筋をつけていく人材育成がヘリテージマネージャー誕生の背景であるとの説明があった。
ヘリテージマネージャー修了生の活動として、講義録の作成やネットワークの構築、ヘリテージマネージャー大会の開催など多くの事例が紹介された。またひょうごヘリテージ機構H2Oを組織し、養成講習会終了後の活動の拠点として、地区ごとの活動や近代建築データバンク調査、マップづくり、まち歩き、見学会などが行われ、今後の活動に参考になるものであった。
23・演習2重要文化財修理現場の視察と演習
(重要文化財琴ノ浦温山荘主屋、浜座敷、茶室)
重要文化財の浜座敷修理現場及び主屋、茶室等園内の歴史的建造物の見学をした後、主屋の復原考察及び修理計画を行った。
実施内容としては、
・5班に分かれて、地階の部屋(班ごとに一部屋指定)の痕跡調査(柱間装置、天井、床組など)を実施し復原考察を行う。
・一階部分や外周の破損状況などを、視察(各班ごとに時間指定)し、上記地階の改変状況の調査結果も踏まえたうえで、保存修理計画を提案した。
下図は、温山荘主屋の1階及び地階の平面図である
地階調査風景
水害の影響のため、一部土間コンクリートが打設され、耐震補強の筋かい、金物が設置されている様子が伺える。しかし、それ以外は手付かずのままの状態である。
大正8~10年頃に増築され、東庭、池、茶室が出来たので景色を楽しむ為の和室を造ったのでは、と思われる。その下の地下室部分は、出入り
口に残る幣軸からすると格式のある室であったこと、天井高さが2.6ⅿ程あったであろうことが推察される。ダンスホールとの関わりからみるとダンス後の飲食の場とも考えられる。そうなると初めに必要としたのは、1階の和室ではなく地階のこの部屋ではなかったか、との考察も出来る。
小ホールは、元々1で調べた大ホールと一室ではなかったかと思われる。照明が中央ではなく、不自然な位置についているところから推察した。増築部分と繋がるに当たり、間仕切り壁が造られた節も見受けられる。
小部屋二つと繋がっているが、小ホールとの間には壁があり、一度廊下に出ての出入りとなるところから、更衣室、休憩室として使われていたのではないかと思える。また、クロークがあったのではと思える痕跡があった。
男子便所・女子便所があったであろう痕跡があり、一部天井に穴が開いているところから、ここから臭気抜きをしていたようだ。
ドライエリアを設け、光も上手く取り入れているし、残された材をみると数奇屋風の趣のある便所だったようだ。浜座敷の便器が陶器製なので、おそらくここも陶器便器だと思われる。横に並ぶ化粧室は独立した室とし、女性の化粧直しの間として使われていたと推測する。
和室10畳と縁からなる部屋であるが、畳部分は8畳、地板が2畳の構成だったのではと推察した。当初は地板部分が床、押入とする予定で、外部石垣との間を空けるつもりではなかったのか、それが途中で変更したのではないかと思われる。しかし、縁に付け鴨居と下レールのあった痕跡と硝子戸が残っているところ、それに床の部分も硝子戸で仕切られていた跡もあり、縁と地板が廻りあっていたとも考えられる。床、押入れは後で作られたのではと思われ、建てている間にでも計画変更しているようだ。
「どのように保存修理していくか」の意見の中には、建物全体を持ち上げて地階を有効に使えるようにするとか、縁の前に空堀を設け、以前の掃出しの硝子建具を設置再現するなどが出た。勿論、水門を復活させ水の管理をするのが前提ではあるが。
しかし、温山荘は門も庭も指定を受けている為、その位置や形を変えることが難しいので、現状では小規模な改修か、補修でしかないのではということになった。
ここは建物の西端にあり、バックヤード的な所である。西側出入り口は使用人の出入りや荷物の搬入口として使われていたと思われる。北外壁面には、タイルが貼られていた痕跡があり、煙抜きの煙突があったようだ。東隅には、1階内玄関の廊下へ上がる階段があり、ここからお茶、食事などを運んでいたのではないかと思われる。調査外ではあるが、東に繋がる室は、女中部屋や浴室等ではないかと考えられる。