国宝 大崎八幡宮

国宝 大崎八幡宮[宮城県仙台市]

社殿正面

社殿正面

 

 きのくに500号記念・時空を超えて出会う和歌山、5回目は先月の瑞巌寺に続き宮城県の「大崎八幡宮」を紹介いたします。慶長9年より3年の歳月をかけ、慶長12年(1607年)仙台市に創建された大崎八幡宮。仙台藩祖・伊達政宗公の「家臣や仙台城下に暮らす庶民の幸せを願う想い」が込められた仙台六十二万石の総鎮守として開かれました。

 国道沿いに現れる大きな「一之鳥居」を正面玄関とし、石造の「二之鳥居」をくぐり、四ツ谷用水掘りに架かる橋を渡ると石段へと続きます。榊(さかき)の樹々を両脇に仙台市の登録文化財でもある100段(98段と踊場の2段)の石段を登り切ると「三之鳥居」があります。ここからの表参道をさらに進むと「門」にあたる本殿前に建つ細長い寺社建築物「長床(ながとこ)」が建っています。長床には東北楽天イーグルスを始め仙台に本拠地を置くプロスポーツチームの必勝祈願絵馬が奉納されており、厄除け・除災招福や必勝・安産の神として仰がれていることが伺えます。中央に馬道と呼ばれる土間があり、そこを通り抜けると現れる「社殿」は、桃山建築の傑作と謳われる仙台市内の建造物としては唯一となる国宝の建築物です。手前には崇敬者が祈る場である拝殿、奥には神域である本殿、これらを結ぶ石の間を設けた「権現造り」であり、日光東照宮に先行する唯一の遺構です。
 「花洛といえども、なしやありや」“花の都の京都にさえこのように優れた社殿は存在するだろうか。いや、ないに違いない”と別当寺の僧侶が喜びを綴った一文があります。この彫刻による立体的な世界と彩色の見事な調和は、他にはない豪華絢爛さと言え、建築当時から仙台人にとって誇り高き建築だったことが伺えます。
 社殿外周の長押には中東の趣を思い起こさせる細やかな文様、まるで陶器のような艶やかさの三手先組物、蟇股の「天女」「鳳凰」「麒麟」「孔雀」「白虎」「唐獅子」躍動感ある彫刻など煌びやかな建築装飾が散りばめられています。詳細に見れば見るほどその繊細な彫りと豊かな彩りに魅了されます。

 漆黒の厚い扉で閉ざされる本殿は拝殿ほど豪華な造りではないものの、漆黒、朱、金を使った伊達政宗の美意識にも通ずる空間が演出されていると言います。無くしてはならない「みちのくの伝統」をここに感じることができそうです。

 大崎八幡宮の建築に表れる高度な技術から、東北の伝統を基盤に新たな時代を迎える仙台の人々の平穏を導く鎮守とした伊達政宗の大プロジェクトだったと考えられます。その大プロジェクトを成功させるべく日本全国から招かれた言わばトップクラスのアーティストたちには、豊臣家召し抱えの大工・梅村日向守家次や鍛冶雅楽助吉家、絵師の佐久間(狩野)左京がいます。名だたるメンバーと共に抜擢されたのは紀州根來出身の鶴刑部左衛門国次(つるぎょうぶざえもんくにつぐ)。名工「左甚五郎」のモデルといわれ大崎八幡宮から仙台城本丸、瑞巌寺と立て続けに並外れた成果を出したことから“伊達政宗の大工”としてのちに江戸、日光と羽ばたいて行きます。大崎八幡宮は最初に手がけた建築であり、代表作品「にらみ猫」「鳳凰」などはここ大崎八幡宮から生まれたとも言えます。
 2016年の秋から行われていた美装工事が完工、美しさの蘇った、紀州大工の功績と政宗公が見た400年前の姿に再会できることでしょう。

 【会報誌きのくにH30年4月号掲載】

情報・出版委員会 三木早也佳

 

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